このサイクルで働く熱機関の効率は、高低温間の温度差と高温度との比です。
スターリング・サイクルあるいはブレイトン・サイクルといわれます。
これはカルノー・サイクルを基にしており、内燃機関がオットー・サイクルやディーゼル・サイクルに由っているのに似ています。
この輝かしい労作はクラウジウスやケルビンなど後代の大科学者の基を据えた・この研究が熱力学の第1法則や第2法則が確立する前になされたのは特筆に価します。
クラペイロンが1834年にこの著書を引合いに出したのを除けば、ほとんどの人はカルノーのこの偉大な論文に注目しませんでした。
けれども疑いもなく彼はこの世紀最大の栄えある熱力学者であるといえます。
この優れた人物がわずか36歳の若さで世を去ったことは科学と技術にとってこのうえない悲劇という他はありません。
1832年6月の終りごろ、おそらく過労のせいでカルノーは病にかかり、少しは回復したように見えましたが、コレラのために8月24日に亡くなりました。
彼の興味はすぐに熱の研究に移り、1824年、28歳のとき不朽の労作「Reflexions sur la Puissance Motriced e Feu(火の動力に関する考察)」を著しました。
この中には非常に独創的な考えが含まれていて、これによって彼は「熱力学の父」と呼ばれます。
熱機関はすでにイギリスの技術者たちによってほとんど完成の域まで達してはいたけれども、熱機関の理論的な解析は何もなされていませんでした。
カルノーはこれに着目して、その工業上の潜在能力について考えを馳せました。
この不朽の労作がその後20年も人の注目を惹かなかったのはカルノーにとって残念なことでしたが、ついにケルビン卿がこれを発見。
熱機関の開発のためではなく物質の性質に関する計算の参考にするためにこの本の価値を見出しました。
この書「考察」の中でカルノーは、ある熱サイクルですべての熱がある一定の高温において供給され、他の一定の低温において外部に吐き出されるとき、熱サイクルの効率は最大になることを示しました。
したがってこのサイクル(カルノー・サイクルという)では、2つの「等温」過程と熱の出入りのない「断熱」過程により作動流体の圧縮と膨張が行われます。
サディ・カルノーは1796年6月1日、有名人を多く輩出したパリの名家に生まれました。
父ラザールは勲功のある将軍かつ軍事技術者でナポレォン・ボナパルトのもとで軍事大臣になったほどの人物でしたが、国家に対する陰謀の失敗にからんで失脚。
マグデブルクに追放されそこで死んでいます。
サディの兄ラザール・イポリートは著名な共和派の政治家で一時はフランスの文部大臣を務めました。
ラザール・イポリートの息子マリー・フランソワもやはり政治家であって、フランス共和国の大統領の位につき名声を博しました。
・・・けれども彼はイタリアの無政府主義者の手にかかり、壮絶な死を遂げています。
サディ・カルノーの名前は、父が尊敬していたペルシャの詩人サディの名をとって付けられました。
彼はパリの高等理工科学校(エコル・ポリテクニク)に入学しましたが、この学校は当時では世界最高の科学教育機関で、彼はここで軍事技術を学びました。